「生きて」と「生まれてくる1つの笑顔」−−「最後のナイチンゲール」を見て
昨晩遅くまでかけて、録画していたドラマ「最後のナイチンゲール」(STV)を見ました。長谷川京子さんはじめ、出演されたみなさんの熱演に、引き込まれるように見ていました。
私が印象に残ったのは、やっぱり戦場での出産シーン。
「男は馬鹿よ。銃を持って偉い気になっている」
「女が世界を変えるの。変えてやるの」
そして生まれた赤ちゃんが、呼吸をしていない。必死に足をさすりながら、何度も何度も「生きて!生きて!生きて‥‥!」という場面は、グッと来るものがありました。
もう1つが、なぜ助産婦をしているのか問われた場面。そこでタイトルの「また1つの笑顔に会えるのが嬉しいの」というセリフがあるのです。ここもまたグッ。
娘が生まれてから、いっそう命の大切さを実感します。娘の笑顔を見ると、何だか心の奥が暖かくなるような気がします。この番組を見て、生きるということの尊さ、戦争の醜さを再確認できたように思います。
稚内市で、高校生がお母さんを殺害した事件について、詳細が明らかになってきています。何が少年たちを、駆り立てたのか。本当に胸が痛みます。
これらの問題を利用して、国政の場では教育基本法を変えようという動きが強まっています。私は、筋が違うと思います。教育基本法のどこに、子ども・少年たちを犯罪へと導く条項があるのでしょうか。
冷静に、理性的に議論をすすめる必要があります。政府は通常国会でも、現在の教育の在り方と、法の関係について改正理由を明確にできませんでした。
中身についても、先日、教育学会の4会長連名での見解で明らかなように、教育への国家統制がすすむ恐れが大きいものです。
教育の主体は子どもであり、国家ではありません。これを間違えると、子どもが、その時々の為政者の政策に誘導されていくことになってしまいます。
日本の教育には、世界に誇れる実践の蓄積があります。教員を多忙に追い込んで、その力を発揮できないようにしていることの方が問題だと、私は思います。
多くのみなさんに教育基本法を読んでもらい、それを生かす道こそ考え合いたいと思います。
