幅広い大人の共同が、今こそ大事
先ほど教育基本法シンポジウムを終えました。中身の濃い、教育の現状と展望が見えてくる集まりになったと思います。
紙議員から、まずは国会報告。特別委員会でも委員45人が変わったばかりで議論を一から尽くす必要があることなど、ちょうど明日から特別委員会で審議入りすることもあって、具体的な国会の状況が話されました。
鈴木秀一先生からは、戦前に受けたご自身の教育体験を語られ、政府案の問題点を具体的に指摘されました。
大口久活先生からは、教員の多忙さや、「いじめ」をなくしていくのに子どもの目線に立つ重要性が話されました。
卜部喜雄先生からは、「学力世界一」のフィンランドでは、日本の教育基本法の精神が生かされていることや、学校長の果たす役割について話されました。
私からは、安倍「教育再生」プランがモデルとしているイギリスの実態と、政府案の廃案を求める運動の展望について話しました。
フロアー発言では、現場教員や教員OB、フリースクール職員、PTAの立場からなど、多彩な発言が相次ぎました。
子どもは、学校だけでなく、社会の中で生きています。だから子どもの実態をとらえる時は、各分野・さまざまな角度からの意見が大切だと思います。今回のシンポジウムの1つの狙いも、そこにあります。大人が互いになじりあうのでなく、学校も保護者も地域も一緒になってより良い教育を考える姿を見せることこそ、子ども達の成長にとっても良いことだと思うのです。
私が今日のシンポジウムで印象的だったのは、大口先生の問題提起のなかで、10年前のいじめ自殺があった時に、文部省(当時)が「いじめっ子の出席停止処分」という方針を出した後の、子どもの反応です。
ある電話があったそうです。自称「いじめられっ子」のその子は、こう電話口で言いました。「私は、いじめっ子にいなくなって欲しいのではないんです。『いじめ』をなくして欲しいんです」。
子どもなりに、より立場の強い者が、立場の弱い者を押さえつける「力の論理」を感じ取ったのだろうと、いうことです。子どもの心の柔軟さに、考えさせられました。
「今の『いじめ』は深刻だ、そんな考えは生ぬるい」という意見もあるでしょう。しかし「いじめ」を解決するためには、どうしても子どもたち自身の自覚を高め、協力・共同の気持ちが必要です。子ども達の内面の自発性に依拠しないで、問題を強力的・懲罰的に解決することが優先されていいのか。
教育は、手間暇がかかるものです。しかし子ども達の生命の危機がある場合は、急の解決を要する場面もあるでしょう。だから、学校だけでなく、保護者・地域など、子ども達が発する“シグナル”を受け止める場所が広くなければいけないのです。
いずれにせよ、このように話し合う機会が数多くなければいけません。「教育は国家百年の計」です。その点からも、今回の臨時国会で決着をつけるのだと時間を区切ることは間違いだと、私は思います。
シンポジウムの様子はビデオにも録画しましたので、うまく編集できればアップできると思います。報告集も作成する予定です。
このシンポジウムが、教育基本法を守りいかす議論の一助になればと、強く思います。
