2007年6月23日 (土) 22:56

私たち抜きで、私たちのことを決めないで

 DPI北海道などによるシンポジウムのパネリストとして参加してきました。政党からは、私の他に小川勝也参議(民主)が来られました。予定候補が2人並ぶこともあり、テレビカメラも入っていて取材も受けました。

 国連で「障害者権利条約」が採択されたことを、どう日本に生かすのかがテーマです。

 日本は、国内法整備などを理由に批准していません。

 しかし批准を急いで、「子どもの権利条約」のように、結局その精神が生かされない「骨抜き批准」になったのでは意味がありません。

 私からは、道内各地をまわった感想を交えながら、特に障害者「自立支援」法が、当面急いで見直しをしなければならない点を問題提起しました。

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 1年あまりで、私は23市町村の47もの施設や協会、養護学校への懇談や集会に参加してきました。

 作業所で、有名ゼリーの透明な蓋をかぶせる作業を見たことを話しました。大げさではなく、障がい者も、社会と北海道経済を立派に担っている一員だと。

 その一方で、入所している方が食費を節約するためにカップラーメンを買ったが、肢体不自由なためポットのボタンも押せず、食事を抜かざるを得ない実態も話しました。

 そのうえで、人間として当たり前の権利が今こそ保障されなければいけないこと、障がい当事者や支援者などの声が行政や立法に生きる仕組みが必要であること、権利条約の観点で障がい者の生活をあらためて総点検して、具体的事実で国会なども動かしていくこと−−などを話しました。

 フロアーからの発言では、「何より政治家は、私たちの実態を知って欲しい」「偏見をなくしていくために教育の充実を」「視覚障がい者の参政権が保障されていない。点字広報を」など、具体的な実態が次々と語られました。

 今回の権利条約は、1つ1つ当事者の議論を積み重ねてできたものだと聞きました。

 「私たち抜きで、私たちのことを決めないで」の精神が、この条約に貫かれているのです。

 それなら、国内で実効化させるうえでも、同じ精神での取り組みが必要です。

 このようなシンポジウムに続けて参加していますが、行政の取り組みはもちろん、このような草の根での粘り強い取り組みももちろん重要になります。

 その意味で、私にとっても勉強になるシンポジウムでした。このように“双方向”で、政治と生活とを、語り合いたいものです。

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コメント:2個

  1. スズキ@北区より、 2007年6月24日 (日):

     はたやまさん、こんばんは。北海道らしくない蒸し暑さの中、全道キャラバンもいよいよ佳境に入っているようですね。どうかお身体に気をつけて。
     さて本日、ヤンキー先生こと義家弘介先生が、自民党から今回の参議院議員選挙へ立候補すると聞き、残念に思いました。これまで日本の教育を壊し、日本の子どもたちを苦しめ続けてきた自民党の政治家になるということに、彼はあまりにも無神経過ぎるような気がします。
     『教育再生会議』なるものは、その目指してる教育の姿や、教育現場への一層の競争の持ち込みなど、どれをとっても許しがたいものがありますが、何よりも私が許せないと思っていることは、現場の声に耳を傾ける姿勢があまりにも欠けているということです。
     子どもたちや、保護者の方々や、先生たちの声を、『再生会議』は、いったいどれだけ受けとめてきたと言えるのでしょうか。子どもたちにしてみれば、「子どもたち抜きで、子どもたちのことを決めないで」と言いたいことでしょう。
     いまこそ、「“双方向”で、政治と生活とを、語り合いたい」と本気で述べる政治家が必要なのだと思います。
     
     わたし、決めました。明日以降「ヤンキー先生よりはたやま先生」をキャッチフレーズに、応援を訴えます。

  2. はたやま 和也より、 2007年6月24日 (日):

     スズキさん、コメントありがとうございます!お久しぶりです!
     キャッチフレーズまで、ありがとうございます(^_^)/

     「教育再生会議」は、現場の声も聞かないうえに、非公開ですすめられるわけですから、教育現場の感覚からすれば「ありえない」ことですよね。
     私が危険を感じるのは、これらの委員が「自分たちが教育を動かしている」という高揚感や、「自分たちに、すべてが託されているんだ」という選民感が、支配的な感情になっていないかということです。

     もちろん自分の教育経験などから主張を述べることは当然でしょうが、それを絶対視することなく、さらにいい知恵や実践はないのかと探究して、現場と結びつくべきだと、私は思います。

     100人の教師がいれば、100種類の教育実践があります。子どもたちの成長にとっても、さまざまなタイプの大人・先生に会うことが大事だと思います。それは、最低限の社会的ルールを教えていくことや、子どもの人権を無視するかのような教員が実際にいることとは、次元の違う問題のはずです。

     しかし、それらが一くくりにされて、教員すべてが一くくりにされることに、本当に私も危惧を覚えます。

     いま大事なのは、このように国民的論議を深めていくことですよね。教育3法案のように、強行採決こそ、教育にはなじみません。

     ヤンキー先生の立候補発表と同時に、大仁田厚議員が引退表明もしました。「慎重審議すべきものが多いのに‥‥」と語った言葉も、象徴的です。
     私は大仁田氏とは所属政党は違いますが、このような言葉にこそ誠実に耳を傾けることが政治家には、必要だと思います。この言葉、ヤンキー先生はどのように受け止めたのでしょうか。

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