2007年12月24日 (月) 22:57

クリスマスの日だからこそ考えたい、子どもが喜べる環境

 クリスマス・イブ。我が家も小さなツリーを飾り、家族で(ささいなものですが)夕食を取りました。

 2歳になって、いろんな事もわかるようになった娘ですが、明日の朝、枕元にあるプレゼントを見てどんな顔をするのか‥‥想像するだけで楽しいですね。

 しかし、一方で、喜んでばかりもいられない現実もあります。

 21日、札幌地裁に8人、釧路地裁に1人のお母さんたちが訴訟をおこしました。以前に、支援する会の結成集会を私も紹介しました(→こちら)。

 生活保護の母子加算削減・廃止を取り消すための、裁判です。

 この裁判は通称「生存権裁判」と呼ばれています。

 母子加算が削減されることで、何より子ども達の人権が奪われることに対する怒りも込められています。

 高校の修学旅行の積み立てができない。

 子ども達が「誕生日パーティーをしたい」と言っても、友達を呼べない。

 政府は盛んに「自立」しろ、と言います。行政には、その「支援」を求めています。

 つまり政府は、もう「保護」しませんよ、と。

 発想が、まったく違います。事故や病気、さまざまな事情で生活が困難になることは、誰だってあります。

 国民が、そして何より子ども達が、最低限の生活を営めるようにするのは国の責任であり、国民にとっては権利ではないですか。

 先日、フランスでの1人親家庭の支援策を読む機会がありました(→こちら)。

 日本で言う児童手当の他に「1人親手当」というのがあり、合わせて月15万円ほど。

 離婚などで精神的負担を受けた親と子どもには、2年間の無料カウンセリングが受けられます。

 驚いたのは「バカンス・チケット」というのがあり、一定の支援を受けて旅行もできるというもの。

 日本人女性が「こんなに甘えて申し訳ない」という思いを述べていましたが、フランスでは「親に何があっても、子は社会が守る」という考えが貫かれていると。

 財源は、企業負担によるものが大きいとのこと。それが社会的常識になっているのです。

 その日本人女性は「甘える時は甘え、後でしっかりお返しすればいい。まずは子ども達をまっとうな社会人に育てることが恩返し」と語っていました。

 私はこのような、支え合う、あたたかい、政治と社会の方がいい。

 すべての子ども達が、毎日を喜べるような環境をつくりたいと、あらためて感じるのです。

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