コメは主食、なんでも輸入でいいのか
「農業再生プラン(食料自給率の向上を真剣にめざし、安心して農業にはげめる農政への転換を)」と、六月二十九日に岩見沢市で開催する「日本農業の再生を考えるシンポジウム」の案内をかねて当別町の北石狩農業協同組合、当別町役場、当別土地改良区、篠津中央土地改良区を訪問しました。北石狩農協では大規模なコメ農家でもある川原博志組合長と懇談。「農業再生プランの提案はほとんど一致します。シンポジウムの参加も検討したい」とこたえてくれました。私のミニマムアクセス米の「義務的」輸入を中止すること、「食料主権」を保障する貿易ルールを追求する日本共産党の提案を説明するとし、川原組合長は、「食糧自給率が低すぎることが多くの国民に知られてきて、『何でも輸入でいいのか』との声が大きくなってきた、コメは日本の主食です」と話しました。その後、泉亭俊彦町長、山田智当別土地改良区理事長、武田八郎篠津土地改良区副理事長とも懇談し、シンポジウムの案内をしました。
2008年5月19日 (月) 22:38
ウトナイ湖サンクチュアリ訪問
「環境フォーラム(6月8日、室蘭市)」の案内で日本野鳥の会ウトナイ湖サンクチュアリを訪ねました。マガンがこの10年で2〜3倍になって、ウトナイ湖や宮島沼(美唄市)で食害が広がる心配があります。この原因も繁殖地ロシアの温暖化といわれています。
弁天沼周辺の土地利用のに関する要望も出されました。
2008年5月17日 (土) 23:06
国民平和大行進
50回目の原水爆禁止国民平和大行進が札幌に来ました。私はこの3年間は礼文島の出発式から参加していましたが、今年は日程の関係で残念ながら行けませんでしたので、札幌で行進を迎えました。
2008年5月16日 (金) 22:26
道ウタリ協会総会に出席
紙智子参院議員の代理として壇上で紹介されました。帰り際、表彰をうけた一人一人にご挨拶させていただきました。
2008年5月15日 (木) 21:34
農業シンポと環境フォーラムで案内活動
コープさっぽろの組合員活動部を訪ねました。「日本農業の再生を考えるシンポジウム(6月29日、市田忠義書記局長参加)」と「地球温暖化を考える環境フォーラム(6月8日、笠井亮衆院議員参加)」のご案内と私たちの提案を届けて懇談しました。コープさっぽろのみなさんとは10年も前から食の安全問題で私は親しく交流させてもらっています。今回もコープさっぽろの環境フォーラムの取り組みなども教えてもらいました。
2008年5月14日 (水) 22:37
すべての地域で「党を語る集い」を
13・14の2日間で道南の北斗市、八雲町、せたな町北桧山の3カ所で「語る集い」に参加しました。

途中、北桧山の浮島公園に寄り道。浮いた島なのでロープで引っ張ると動いてびっくりしました。
2008年5月12日 (月) 22:43
旭川歯科医師会長と懇談
後期高齢者医療制度の「廃止の一点での国民的共同をよびかけます」のアピールを届けて懇談しました。後期高齢者医療の歯科での影響と合わせて歯科の診療報酬の低さが話されました。20年前と診療報酬が変わっていない項目が73もあるなど歯科医師の中での「ワーキングプア」が特集されるなど深刻な実態があります。「8020」運動で自分の歯を使っているお年よりは医療費が低い実態は全国でも現れています。歯科の予防医療の大切さも話されました。日本共産党のアピールの「安心できる医療制度と財源問題」では一致しています。保険でよい治療というのは医科でも歯科でも共通した要求です。
2008年5月7日 (水) 23:14
保守系元議員宅で「党を語る集い」
厚田村は現在は石狩市と合併して石狩市厚田区になっています。その地域で保守系の元議員のお宅を会場に「日本共産党を語る集い」が行なわれました。「誕生日が来て、後期高齢者になった、この制度は許せない。今度の総選挙で政治を変えるために比例代表選挙は日本共産党と書こうと思っている。その候補者にきてもらってみんなで話を聞きたいと思って会場に使ってもらいました」とあいさつされた元村会議員は長年自民党の選挙運動をしていた人です。この方のお誘いで「おれも自民党の選挙を手伝っていた」と言う人が多数参加してくれました。前から共産党を応援していた方は「会場の案内を見てびっくりした。まさかここのお宅で共産党の集まりがあるなんて」と驚いていました。石狩市、厚田村、浜益村の合併により蜂谷三雄市議との交流が広がり、今回の「語る集い」の開催となりました。私が前に厚田村長と懇談した時「地方が元気でなければ、都市で働く人たちも親が心配で苦労する。地方の大事な役割を自民党政治は壊している」と語られたことを紹介すると、参加者からも合併問題が語られました。「われわれの声を国政に届けるためになんとしても当選してほしい」と激励されました。
望来神社の境内に望来空爆死没者慰霊平和祈念碑が建っています。

2008年5月1日 (木) 21:27
第79回メーデー北海道集会
1886年アメリカの労働者が8時間労働制を要求してストライキに立ちあっがったのが5月1日です。「働くルール」を求めてメーデーがはじまりました。それから120年が過ぎ、現在も「働くルール」の要求が広がっています。日雇い派遣の深刻な実態を国会で追及した日本共産党の質問に福田総理は「日雇いは好ましくない」と答弁せざるおえませんでした。ここから流れが変わりました。キャノンなどIT産業からの正社員増加など目に見える変化が広がっています。
私は北海道集会で連帯の挨拶をして、デモ行進の先頭で歩きました。手を振ると笑顔で応えてくれる沿道のお店のみなさんがたくさんいました。

